読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

永遠の人

永遠のダルマ(真理) - 智慧と神秘の奥義

プラーナの制御

前回の記事で、呼吸法、調気法としての「プラーナヤーマ」について、その働きや実践する本来の目的について、などを見てみましたが、今回の記事は、その続きになります。

 

プラーナヤーマとは、プラーナを制御すること、とスワミ・ヴィヴェーカーナンダは「ラージャ・ヨーガ」の中で仰っていますが、

この「プラーナ」について、また「プラーナ」とスピリチュアリズムとの関係などについても、詳しく見てみましょう。

 

これからご紹介する文章の中に、新しい気付き、新しい発見があることと思います。

 

この文章が、科学が今のような飛躍的な発展を遂げる100年以上も前に書かれたものであるということだけでも、驚くべきことですが、

しかし100年以上経ったにも拘わらず、現在でも、これを完全に理解し、体験によって体得している人びとは、まだほんのわずかであることは、否めない事実であると感じています。

 

それは、ナーナさんが、その存在によって示して下さっている基本的な事柄は、ここに書かれていることと同じであるにも拘わらず、

ナーナさんとキヨさんのお二人が、プラーナを使われてされていることに対して、そしてそれによりもたらされる結果への正しい理解と評価が、全くと言っていいほど得られていない、ということからも、

プラーナについては、一般的にはまだほとんど理解されておらず、よって、実相へのアプローチも限られている、ということは明らかだと感じています。

 

シャクティプラーナによるシャクティパータの原理や働きも、スワミ・ヴィヴェーカーナンダが書かれている「プラーナの同化」作用に他なりませんし、

また、パートナーのキヨさんがされているチャクラの浄化やサードアイ開眼、そして、病気治癒のためのエナジー療法にも、同じ原理が働いており、

それらは、清らかなエネルギーである最高に振動が高められたプラーナの働きによるもの、と言えるのです。

 

前置きは、このくらいにして、後世に生きるわれわれに遺して下さった叡智に達した先達の智慧に与り、プラーナ、及び、プラーナヤーマへの理解を深めることにいたしましょう。

 

 

『真の治癒がもたらされるのは、プラーナによってであります。

プラーナを制御したきよらかな人は、それをある種の振動状態にする力を持ち、その振動は他人につたえられて、彼らの内部におなじ振動をおこします。

みなさんは、それを、日々の活動の中に見ておられます。

私はみなさんにお話しています。

何をしようとしているのでしょう。

言ってみれば自分の心をある振動状態に持って行こうとしているのであって、それに成功するばするほどつよく、みなさんは私の言うことの影響をおうけになるでしょう。

私が熱意にみちている日にはいっそう、みなさんが私の講演をたのしまれる、私がそれほどでないときにはみなさんも興味を示されない、ということはみなさんよくごぞんじです。

世界の巨人的な意志力、世界をうごかす人びとは、彼のプラーナを高い振動状態に持ってくることができるのであって、それは実に偉大な力にみち、一瞬のうちに相手をつかんで幾千人が彼らにひきつけられ、世界の半分が彼らとおなじに考えるようになるほどです。

世界の偉大な予言者たちは、プラーナのもっともすぐれた支配力を持っており、それは彼らにおどろくべき意志の力をあたえました。

彼らはそのプラーナを最高の活動状態にまであげ、これが彼らに、世界をゆるがす力をあたえたのです。

力のすべての現われは、この支配から生まれます。

人びとはこの秘密を知らないかもしれませんが、これが唯一の説明です。

ときどき、みなさんのからだの中で、プラーナが大なり小なり一部にひきつけられることがあります。

バランスがくずれるのです。

プラーナのバランスがくずれると、われわれがやまいとよぶものが生まれます。

余分のプラーナをとりさったり、たりないところにおぎなったりするのが、治療ということになるのです。

それもまたプラーナヤーマですーー肉体のあらゆる箇所にプラーナが、いつ、あるべき量より多いか少ないかを知ることです。

感覚が非常にするどくなって、つまさきから手のゆびのさきにプラーナが不足していると心がそれを感じ、それを補給することもできるのです。

これらは、プラーナヤーマのさまざまなはたらきの一部です。

それは少しずつ、ゆっくりと学ばれるべきです。

 

そしておわかりのように、ラージャ・ヨーガの全領域は実は、さまざまの段階(面)におけるプラーナヤーマの、制御と方向をおしえるものです。

人が彼のエネルギーを集中したときは、彼は肉体内のプラーナを制御します。

人が瞑想しているときにも、やはりプラーナを集中しているのです。

大海には山のような大波が、それからもっと小さな波が立っていますが、これらすべての背後に一様に、無限の大海があります。

あわは一つのはしで、大波は別のはしで、無限の大海につながっているのです。

ですから、一人は巨人でありもう一人はあわのような存在であるかもしれません。

しかしそれぞれが、この世界にいるすべての動物の生得の権利である、無限のエネルギーの海とつながりを持っているのです。

いのちのあるところかならず、その背後には無限のエネルギーの倉庫があります。

ある菌類として、あるたいそう小さな、顕微鏡的なあわとして出発し、つねにあの無限のエネルギーの倉庫から吸収しつつ、一つの形が徐々にそして確実に変化し、やがてそれが植物と、動物と、それから人となって、ついには神になるのです。

このことは無窮の時間をかけてなされるのですが、ときがなんですか。

スピードをあげれば、一層の努力をすれば、時間のみぞはうずめることができます。

自然にまかせておけば長いときを要することも、活動の強化によってそれをちぢめることができる、とヨーギーは言います。

ある人は、宇宙に存在する無限のかたまりからこのエネルギーを吸収しながら、ゆっくりとすすんで多分、一個のデーヴァ(名前のある神)となるのに十万年を要し、それから多分、もっと高くなるのに五十万年を要し、完成するのに多分、百万年を必要とするでしょう。

成長がはやまれば、ときはみじかくなるでしょう。

十分な努力がなされるなら、六か月または六年でまさにこの完成の境地に到達することが、どうして不可能であるなどと言えましょう。

そこに制限はありません。

理性がそのことを示しています。

もし機関車が一定量の石炭で一時間に三キロを走るなら、石炭の供給をふやせばその距離をもっとみじかい時間で走るでしょう。

それとおなじように魂も、活動を強化するなら、まさに今生で完成に達することはどうして不可能だなどと言えましょう。

すべての生きものはついにはこの目標に達する、ということをわれわれは知っています。

しかし誰が、このような無窮の時間をまっていようなどと思いますか。

いますぐに、この肉体にいるまま、この人間の形をしたままででも、それに到達すればよいではありませんか。

その無限の智識を、無限の力をいま得たらよいではありませんか。

 

ヨーギーの理想、ヨーガの科学全体は、人びとに、この段階からつぎの段階へと徐々にすすんで全人類が完全になるのを待つようなことはせず、同化の力を強化することによって完成に達するため時間を短縮する方法を、おしえることを目的としています。

世界のすべての偉大なる予言者や聖者や見神者たちーー彼らは何をしましたか。

みじかいその一生の間に、普通の人間が完成にいたるに要する全時間をまたいで、人類の全生命を生きたのでした。

一つの生涯の間に、彼らは自分を完成させます。

彼らは他のことは何ひとつ思いません。

一瞬間といえども他のことは考えません。

そのようにして、道程はちぢめられるのです。

これが集中というものであって、同化の力をつよめて時間を短縮させるのです。

ラージャ・ヨーガは、われわれにこの集中力を得ることをおしえる科学です。

 

プラーナヤーマはスピリチュアリズムとどういう関係がありますか。

スピリチュアリズムもやはり、プラーナヤーマの一つの顕れです。

肉体をはなれた霊魂が存在する、ということがほんとうなら、わわわれはただ、それらを見ることができないだけなのです。

彼らは幾百、また幾百万、われわれのまわりにいるのだろうが、われわれは見ることもさわることもできないのだ、ということは十分にあり得ることです。

われわれはたえず、彼らのからだを通りぬけて行ったりきたりしているのでしょう。

それでもわれわれは見もしなければ感じもしません。

それはサークルの中の一つのサークル、宇宙の中の、宇宙です。

われわれは五つの感覚を持っており、ある形の振動でプラーナを表現しています。

おなじ振動状態のすべての生きものはたがいに見ますが、もしそこにもっと高い振動状態でプラーナを表現する生きものがいても、彼らは見えないでしょう。

光を、われわれがまったく見ることができなくなるまでつよくするとします。

それでも、そんな光を見ることができるほど強力な目を持つ生きものがいるかもしれません。

また、もしその振動が非常にひくければ、われわれは光を見ません。

しかし、ネコやフクロウのようにそれを見る動物もいます。

われわれの視力がおよぶ範囲はこのプラーナの振動の、ほんの一区域にすぎないのです。

たとえば、この大気をとりあげてごらんなさい。

それは幾層にもかさなりあっていますが、大地に近い層ほど濃密で、高くのぼればのぼるほど大気は希薄になって行きます。

または、海の場合をとりあげましょう。

深くに行けば行くほど、水の圧力はまし、海底にすむ動物は決して上にはあがってこられないでしょう。

あがってくればばらばらになってしまうでしょう。

 

宇宙を、プラーナの活動による振動のことなる、さまざまの段階の層また層のかさなりから成る、エーテルの大海と考えてごらんなさい。

中心からはなれた層ほど振動は少なく、近い層ほど、それはしだいにはやくなります。

振動の一つの秩序が、一つの層をつくっているのです。

それから、これらの層のかさなりの断面を見た、とします。

幾百万キロも、同一の型の振動がつづき、それからさらに高い型の振動が幾百万キロ、つぎにもっと高い振動の層が、というふうにつづくでしょう。

ですからおそらく、ある一つの振動状態の層に生きている者同志はたがいにみとめあうことができるのでしょうが、それより上の層に生きる者をみとめることはできないでしょう。

しかし、望遠鏡や顕微鏡で視界をひろげることができるのとまさにおなじように、ヨーガによってわれわれは、自分を別の世界の振動状態にし、こうして、そこでおこっていることを見ることができるように、することができるのです。

この部屋は、われわれが見ることができない生きものでいっぱいである、と推定しましょう。

彼らはある種の振動状態のプラーナを表現し、われわれは別の状態のを表現しているのです。

彼らはもっとすみやかな振動をあらわし、われわれはその反対である、とします。

プラーナは、われわれとおなじように彼らもそれからつくられている、材料です。

すべてがおなじプラーナの大海の部分なのであって、彼らはただ、振動の速度がことなるだけなのです。

もし私が自分をはやい振動にかえることができるなら、この世界は私にとってたちまち別のものとなるでしょう。

私はもう、みなさんを見ないでしょう。

みなさんはきえ、彼らが現れるでしょう。

みなさんのなかのある方々は多分、これがほんとうだということをごぞんじでしょう。

この、心を振動のより高い状態に持って行くことすべてを、ヨーガでは一つのことばで表現していますーーサマーディです。

これら振動のより高い状態、すなわち心の超意識的振動のすべては、サマーディというその一つのことばでみとめられており、サマーディのよりひくい状態はわれわれに、これらの生きものたちのヴィジョンをあたえます。

サマーディの最高段階は、われわれがほんとうのものを見るときです。

これらさまざまの段階の生きものたちの全部がそれからできているという、材料を見るときです。

そして、その一つの土のかたまりが知れれば、われわれは宇宙間のすべての土を知るのです。

 

こうしてわれわれは、スピリチュアリズムさえもほんものはすべて、プラーナヤーマにふくまれているのだ、ということを知ります。

同様にみなさんは、人びとがあつまって何であれオカルトな、神秘的な、ひめられたものを探求しているところでは例外なく、彼らがおこなっているのは実はこのヨーガ、プラーナを制御しようというこのこころみなのだ、ということをお知りになるでしょう。

何であれ力が異常な形で披露されている場合、それはこのプラーナヤーマの現れなのだ、ということをごらんになるでしょう。

自然科学さえ、プラーナヤーマにふくめることができます。

何が、蒸気機関をうごかすのですか。

蒸気を通じてはたらくプラーナです。

電気およびその他のこれらすべての現象は、プラーナ以外の何ですか。

物理学とは何ですか。

外界の手段によるプラーナヤーマの科学です。

心の力として現われるプラーナだけが、心によって制御されます。

プラーナヤーマの中の、プラーナの物理的な現われを物理的な方法で制御しようとこころみる分野が物理学とよばれ、プラーナの心の力としての現われを、心のはたらきで制御しようとこころみる分野が、ラージャ・ヨーガとよばれているのです。』

(ラージャ・ヨーガ  スワミ・ヴィヴェーカーナンダ)

 

 

プラーナヤーマとは、プラーナの制御であり、プラーナの制御とは、一体どういう意味があるのか?ということが、朧げなリにもお分かりいただけたことと思います。

 

次回は、プラーナヤーマの具体的な実践方法について、少しだけお紹介したいと思います。

 

 

エーテルは到るところにあるが その精妙さの故に

どんな物とも混じりあわぬように

霊魂(アートマン)はどの体のなかにいても

何ものにも影響をうけない

(バガヴァッド・ギーター第13章33)

 

 

☆ナーナさんのサットサンガに6回以上参加されると、パートナーのキヨさんの個人セッション、チャクラの浄化(活性化)セッションとサードアイ開眼セッションを受けることができ、自分の体にあるチャクラ(の強弱)を実際に体験することができます。

また、チャクラを浄化し、活性化することで、チャクラ周りの器官から放出されるエネルギーの生き生きとした循環が促されます。

 

☆自己変容したい、真理を体得したい、束縛から解放されたい、真我の目覚め、神の直接体験に預かりたい方々のために、ナーナさんから放たれるシャクティプラーナの恩寵に与るサットサンガ、個人セッションが開催されています。

詳しくは、ナーナさんの公式ホームページをご覧下さい。

サットサンガ(真我の集い)は、毎月、各地で開催しています。

(シャクティプラーナによるシャクティパータは、サットサンガに6回以上参加した後、ナーナさんの個人セッションにて受けることができます)

 

http://pranahna.com/ (真我が目覚めるとき――ナーナさんの公式ホームページ)