永遠の至福と自己実現(Self-Realization)(13)
前回の記事では、神を悟る(体験する)ための主な道(ヨーガ)として、カルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ジュナーナ・ヨーガをご紹介しました。
これらのヨーガを通して、私たちが、真の自己として、私たち人間の内奥に内在していらっしゃる実在としての「神」を悟る(体験する)方向へと導かれることが可能となるのは、神は実在し、この世のあらゆるモノとして顕れているからこそですが、古今東西において聖者とされている方々ばかりでなく、同じく、「人間」として生まれて来た私たち一人一人にも、真の自己として内在する実在としての「神」を悟る(体験する)可能性は、等しく備わっています。
ただ、その可能性は、目に見える力として顕在化していないために、その力の存在に、全く気付いていない場合が多いと言えます。
自己実現が成就しないのは、ある意味、心の底から切望していないから、という見方もありますが、中には、心から切望しているにも拘わらず、その具体的、かつ効果的な方法がわからないという方々もいらっしゃることでしょう。
そういう方々のために、このブログでは、誰にでも内在する力を少しでも発揮し、己の可能性を開花させ、自己実現へと大きく飛躍するためのヒントとして、スワミ・シヴァナンダの「Bliss Divine」をご紹介しています。
これらの三つのヨーガについて、スワミ・シヴァナンダは、更に明快な言葉で解説して下さっていますので、ご紹介したいと思います。
The Yoga of Synthesis(統合のヨーガ)
一方に偏った開発は、感心しない。
宗教は、人間全体を、ハートも知性も手をも教育し、開発しなくてはならない。
その時だけ、彼は完成に達するであろう。
人は、意志、感情、思考の奇妙で複雑な混合物である。
彼は、自分の望みの目的物を所有することを望む。
彼は、感情を持ち、それで彼は感じる。
彼は、理性を持ち、それで彼は考え、推論する。
人によっては、感情的な要素が勝るかもしれないが、中には、理性的な要素が優勢な人もいる。
意志や感情や思考が、はっきりと分かれていないように、また、仕事、献身、知識も互いに限定されてはいない。
心(マインド)には、三つの弱点、マラ(不純)、ヴィクシェパ(混乱)、アバラナ(無知)がある。
不純は、カルマ・ヨーガの実践によって、取り除かれるべきである。
混乱は、ウパーサナ(礼拝)によって、取り除かれるべきである。
無知は、ジュナーナ・ヨーガの実践によって、破壊されるべきである。
その時だけ、自己実現(Self-Realisation)は、可能である。
もし、あなたが、鏡で自分の顔をはっきりと見たいのであれば、あなたは鏡の汚れを取り除き、その状態を維持し、そして覆いを取り除かなければならない。
あなたは、濁りが取り除かれ、風によって波立たされた水が静かになり、表面にある苔が取り除かれた時にだけ、湖の表面にはっきりと自分の顔を見ることができる。
自己実現(Self-Realisation)とは、そういうものである。
行為、感情、知性は、この身体という馬車につながれた三頭の馬である。
それらは、完全に調和して働き、その時だけ、馬車はスムーズに走る。
統合的な開発がなければならない。
あなたは、シャンカラ(註①)の頭、ブッダ(註②)のハート、ジャナカ王(註③)の手を持たなくてはならない。
統合のヨーガだけが、完全なる開発をもたらす。
統合のヨーガだけが、頭、ハート、手を開発し、人を完成に導く。
あらゆる方向に調和してバランスを取ることは、宗教の理想であり、統合のヨーガの実践により達成されることができる。
すべての存在の中に、一つの真の自己を見ることは、ジュナーナ、智慧である。
真の自己を愛することは、バクティ、献身である。
真の自己に仕えることは、カルマ、行為である。
ジュナーナ・ヨーギーが智慧に達する時、彼は献身と無私の行為を賦与される。
彼がすべての中に、ひとつなる真の自己を見る時、カルマ・ヨーガは、彼にとっては、彼の霊的な性質の自発的な表現である。
献身者が、献身において完成に達する時、彼は智慧と行動を持つ。
彼がどこにでも一つなる神を見る時、彼にとっては、カルマ・ヨーガは、彼の神聖なる性質の表現である。
カルマ・ヨーギーは、彼の行為が完全に無私である時、智慧と献身に達する。
三つの道は、実際には、一つであるが、その中で、三つの異なる気質が一つ、或いは、他の分離し難い構成要素を強調している。
ヨーガは、真の自己を見出し、愛し、奉仕することができる方法を提供している。
(Bliss Divine by Swami Sivananda)
註①(8世紀に活躍した中世インドの思想家。不二一元論(アドヴァイタ)を提唱した。)
註②(紀元前5世紀前後の北インドの哲学者で、仏教の開祖。)
註③(インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の登場人物で、インド神話最大の英雄の一人ラーマの妃シータの父。戦いにおいて勝つ望みがなくなった時、神々に祈りを捧げると、神々はジャナカに勝利を与えた。)
次回に続きます。
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