永遠の人

永遠のダルマ(真理) - 智慧と神秘の奥義

アートマン(真我)は、人間の真の本性である

これまで数回にわたり、古くインドに誕生したウパニシャッド聖典で説かれている「人間馬車説」と「人間五臓説」について、現代脳科学の知識も交えて解説してきましたが、

これらの記事を読んだ後で、3月17日の記事「ヨーガとは心の制御である」でご紹介したスワミ・ラーマの「聖なる旅ー目的をもって生き、恩寵を受けて逝く」から、心の四つの器官について書かれている文章をもう一度読んでいただけると、更にその記事の内容が、よく理解できることと思います。

 

アートマン(真我)という実在の源泉からプラグが、アハンカーラ(我執)という「わたし」「わたしの」という意識と記憶袋(チッタ)が詰まっている脳の司令塔に差し込まれると、エネルギーが流れ、「わたし」という体と心の司令塔は機能します。

そして、理智鞘にエネルギーが流れると、大脳皮質は、運動命令を下し、体が動きます。

意思鞘にエネルギーが供給されると、感覚器官が働き、五感を通して、この世をリアルなものとして体験します。

生気鞘にエネルギーが流れると、体全体が生気を帯びたものとなります。

肉体にエネルギーが届くと、細胞は死滅と再生を繰り返しながら、物質としての維持管理が行われ、生命が宿る器として機能します。

 

これが、大まかな私たち人間の人体構造図なのですが、アートマン(真我)あってこそ、個人の「わたし」が存在するのです。

 

この世を体験しているのは、10頭立ての馬車である「わたし」という人間ですが、

実は、それは見せかけであって、その最奥にあって「わたし」を在らしめているのは、アートマン(真我)なのです。

 

「わたし」という意識(感覚)であるアハンカーラ(我執)からは、アートマン(真我)は見えない(わからない)ため、

この世に存在し、この世を体験しているのは、「わたし」という一人の人間である、と「わたし」は思い込んでいます。

 

この人間の生まれた時からの思い込みは、人間という形をして生まれてきたため、人間は、人間の性質を生得しているので、自然なものなので、当たり前です。

しかし、人間として生まれ、人間として生き、人間として死ぬ、というのでは、

それは、これまで何回も繰り返されてきたように、これからも同じことが繰り返される、ということを示唆しています。

 

生と死を避けることができない人間は、この繰り返しを一つの束縛をみなし、それからの解放、自由を求めて、生と死の繰り返しから抜け出ること、所謂「解脱」が、魂の最終目的になったのです。

 

それでは、そのためには、どうしたら良いのか?という解決策へのヒントを、スワミ・ラーマからアドバイスして頂きましょう。

 

 

『あなたの中にはアートマンがいるという感覚でプロセスを始めなさい。

そうすれば、あなたはアートマンを感じるようになり、それはあなたの最良の友人であるということがわかるでしょう。

あなた自身と会話をしなさい。あなたの真の本性を思い出しなさい。

あなた自身と語り合いなさい。

そうすれば、外界において、或いは、他のどこかの場所においても、すべての友人の中で最も良い友人は、あなた自身であることを発見することでしょう。

外の世界や他人、状況への恐れは、消滅することでしょう。

そのとき、アートマンの存在が、次第にそれ自身を明らかにすることでしょう。
この会話は内省を必要とします。

自らの人生に興味を持っている親しい友人と一緒だと、あなたは彼らの感情に敏感になります。

あなたは彼らに耳を傾けます。

同じことがあなた自身との関係においても真実なのです。

あなた自身の感情と思考に注意を払い、詳しく調べなさい。

あなたが親友にするように、あなた自身に優しくしなさい。

あなた自身を非難、あるいは、すぐに厳しい判断をしてはいけません。

あなたはあなたの内側の自己を信頼し始め、あなたの内側の自己がいかに素晴らしいガイドであり、忠実で誠実な連れ合いであるかを理解することでしょう。
最後に、心を静かにすることが必要です。

最初の方で言ったように、マナスが訓練されず、エゴが制御されていないままだと、心は荒れ狂い、制御不能となります。

同時にチッタの内容は膨れ上がり、意識の中に表面化し続けます。

個人はこの混沌の奴隷となり、常軌を逸した感情と強力な願望の鎖で引っ張りまわされます。
この混乱は静められなくてはなりません。

静けさは瞑想で築くことができます。

人の体が静かで呼吸が静かで規則正しいなら、心は集中し始めることができます。

集中が保たれると、顕在意識はだんだんと静かになり、心の明晰さがより深くなっていきます。
この種の瞑想が達成されると、心をきれいにし、古い願望や思考、恐れの心を空にし、
完全にブッディ、アハンカーラ、マナス、チッタを統合するという真の仕事が始まりま
す。

完全なる統合により、心は、純粋意識はあらゆるところに在り、君主であることを
理解します。

そのとき、心は、すべての力と権威は命の源である純粋意識から生じていることを理解するので、降伏します。

エゴは消滅し、死は打ち負かされます。』

(聖なる旅ー目的をもって生き、恩寵を受けて逝く スワミ・ラーマ)

 

 

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真理を徹見した人びとは

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(バガヴァッド・ギーター第2章16)