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永遠の人

永遠のダルマ(真理) - 智慧と神秘の奥義

人間五臓説と5つの鞘(層)

少し前の記事で、「人間馬車説」という”人間の構造図”についてご紹介しました。

この「人間馬車説」に似たもので「人間五臓説」というものがあります。

 

「人間馬車説」は、10頭の馬を5つの感覚器官(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)と5つの運動器官(手、足、舌、生殖器官、排泄器官)に見立てて、

馬と、馬を操縦するための手綱であるマナス(意思)と、御者であるブッディ(理智)という働きの違う二つの心理器官との三者の関係を解説したものですが、

「人間五臓説」は、これに似ていますので、関連して考えると分かり易いと言えます。

 

今回の記事の内容は、ヨーガの科学とも言えるものですが、それを現代医学の脳科学の分野で明らかになっている情報と照らし合わせて考えてみたいと思いますので、

いつもより、難しい内容になるかもしれませんが、

脳科学は、20世紀の終わりから21世紀にかけて発達した学問分野であり、ヨーガが誕生した何千年も前のインドにはなかったわけで、

そのために、人間の内部で起きている現象を、その当時にあった言葉で説明するしかなかったということもあり、非科学的な説明に思われるかもしれませんが、両者を比較して考えてみると、

ヨーガの科学で説かれていることと、現代の脳科学で明らかになっていることは、そのほとんどが一致しているということが、おわかり頂けるかと思います。

 

それでは、この「人間五臓説」とは、どんなものか?について、スワミ・ラーマの「聖なる旅ー目的をもって生き、恩寵を受けて逝く」から、ご紹介いたします。

 

 

ヴェーダンタによると、人間は 5 つのコーシャという鞘(さや)から成っています。

粗大な物質的な鞘(食物鞘)、プラーナ鞘(生気鞘)、心の鞘(意志鞘)、知性の鞘(理智鞘)、そして至福の鞘(歓喜鞘)です。

それらは、鞘が種子を覆っているように、アートマンを覆っているので、鞘と呼ばれます。

それらはひとつの上に別の層が連続して重なって形作られているかのように記述されています。

物質的な鞘は一番外側で、歓喜鞘が一番内側です。

アートマンは分離していて、 5 つのこれらすべての鞘から離れており、超然としています。』

(聖なる旅ー目的をもって生き、恩寵を受けて逝く スワミ・ラーマ)

 

 

ここで述べられている物質的な鞘(食物鞘)とは、食べ物により成り立っている肉体のことであり、「人間馬車説」でいうところの10頭の馬(5つの感覚器官と5つの運動器官)になります。

 

そして、次の内側の鞘はプラーナ鞘(生気鞘)と呼ばれるもので、呼吸により運ばれる酸素により成り立っている鞘で、これは物質よりも微細な領域であり、現代の医学的な見方では、肉体よりも動きのある流動体であり、血液やリンパ液、間質液などの体液と考えられ、身体の中を流れる「気」である生体エネルギーを生んでいるモノの総称と考えられます。

 

肉体は、運動神経の命令により動きが生じますが、生体エネルギーは、運動神経とは無関係に、自律神経により制御されています。

そして、このプラーナ鞘(生気鞘)は、「人間馬車説」では、やはり10頭の馬に相当し、馬の息(生気)と考えると理解しやすいと思われます。

 

更にその内側は、心の鞘(意思鞘)で、これは、「人間馬車説」の馬につながっている手綱であるマナス(意思)であることは言うまでもありません。

現代生理学の観点から見ると、この「意思鞘」は、感覚神経、運動神経という、体の各部分から脳へ情報を運ぶ神経経路と、脳から情報を体の各部分へ運ぶ神経経路とそこを流れる電気信号、及び、その電気信号を感覚に変換する脳の働きを含む一連の流れと考えることができます。

 

そして、更にその奥には、理智鞘があり、これは「人間馬車説」で言うところの御者であるブッディ(理智=大脳(新)皮質)であることは明白でしょう。

手綱であるマナス(意思)を伝わって脳に到達した電気信号は、御者であるブッディ(理智)に情報を伝え、ブッディ(理智)は、その情報を判断し、適切な対応を下し、それを手綱であるマナス(意思)に伝えます。

これは、大脳生理学的に見ると、感覚の情報は電気信号となって脊髄を上昇し、視床を経由して大脳皮質の体性感覚野に到達し、電気信号は、適切な処理を経て、感覚に変換されます。

一方、御者(ブッディ)より発せられた運動指令は、運動神経という手綱(マナス)を通って、5頭の馬に伝達され、それにより体に動きが生じます。

この一連の流れは、大脳皮質の連合野にある”企画・立案”をする高次運動野から一次運動野に送られ、そして大脳基底核を経て、小脳により詳細なプログラミングが行われ、脳幹、脊髄を通って、筋肉へと伝達されます。

 

この感覚神経と運動神経を体性神経と呼びます。

これは、「人間馬車説」では、マナス(意思)とブッディ(理智)の二つの心理器官を指しますが、

「人間五臓説」では、脳内の働きの部分だけを「理智鞘」とし、脳外の働きの部分については「意思鞘」としていると理解することができます。

 

そして、脳内の働きに関係しているのが、脳内神経伝達物質と呼ばれている化学物質です。

これは、別名、脳内ホルモンとも呼ばれ、近年特に注目を浴びている化学物質ですが、

この神経伝達物質により、脳内の各部位は働きは活性化し、体にある内分泌腺からホルモンを分泌するよう促すホルモンを分泌することで、主に自律神経の働きに関与し、感情の発生や体を一定の状態に保つ恒常性(ホメオスタシス)の維持に関与しています。

 

最も内側の鞘は、歓喜鞘と呼ばれるもので、これは、「人間馬車説」のアートマンが座していらっしゃる客室になります。

この客室は、心素である「わたし」「わたしの」という我執(アハンカーラ)である自我意識と記憶の倉庫(チッタ)でもあります。

アートマンは、常に、エネルギーを「わたし」という心素(アハンカーラ)に送り続けて、「私が存在する」という自我意識を生み出しています。

そして、体験したことを記憶袋(チッタ)の中に蓄積していきます。この記憶袋は潜在意識とも呼ばれ、印象的な記憶は、潜在意識の層の中に蓄積されていき、「わたし」「わたしの」という意識と結びついて、必要な時に、記憶袋から引き出され、感情、思考、行動に影響を与え続けます。

この記憶を司っているのは、「海馬」という部位ですが、大脳新皮質と海馬と情動を司るとされている「扁桃体」は、共に共同して、視床下部を刺激して、情動行動を起こし、自律神経を刺激し、内分泌神経を刺激するなど体に大きな影響を与えます。

 

ここで注意したいのは、「人間馬車説」における客室には、アートマン(真我)が座していらっしゃいますが、そこは、「わたし」「わたしの」という自我意識と記憶袋という潜在意識があるところでもあります。

 

自我意識と潜在意識であるトータルな「わたし」とアートマン(真我)とが、一緒になっているというのが、「人間馬車説」ですが、

「人間五臓説」では、スワミ・ラーマは、『アートマンは分離していて、 5 つのこれらすべての鞘から離れており、超然としています。』と書いています。

 

つまり、「わたし」という意識は、常にアートマンと共に在る、ということになりますが、両者は、交じり合うということではなく、別々に存在しているのですが、これが、「わたし」という自我意識を、真我であるアートマンと勘違いしてしまい、

アートマン(真我)は、歓喜鞘にエネルギーを送り込んで、すべての鞘を生かしている「わたし」という存在の真の所有者なのですが、

そしてまた、「人間馬車説」においては、10頭立ての馬車全体の真の持ち主であるのですが、

通常の私たち人間は、通常の方法、通常の感覚では、アートマン(真我)の存在を知覚することは不可能なため、

この体と心の所有者は、「わたし」であると、人間は思い込んでしまっている、という勘違いが起きている原因と考えられます。

 

これについては、理解することがなかなか難しいので、もう少し理解しやすい説明を考える必要があるかと思いますが、

このアートマン(真我)あってこそ、この体と心は存在しているのだ、ということを、念頭に入れておいて下さい。

 

今回は、かなり難解な内容になってしまいましたが、このヨーガの科学が指し示す「人体の構造図」「人体エネルギー構造図」について、次回では更に詳しく考えていきましょう。

 

 

 

 バラタの子孫よ そして このわたしが

全ての肉体の認識者であると知れ

肉体とその認識者について理解することが

真の知識であると わたしは考えている

(バガヴァッド・ギーター第13章3)