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永遠の人

永遠のダルマ(真理) - 智慧と神秘の奥義

チャクラについて(4)下位チャクラのまとめ

これまで3回にわたって、第1チャクラから第3チャクラまでを詳しく見てきました。 第4チャクラのアナハタ・チャクラは、身体に7つあるとされているチャクラの丁度真ん中にあたります。 この第4チャクラを境に、第1チャクラのムーラダーラ・チャクラ、…

チャクラについて(3)-マニプラ・チャクラ(第3チャクラ)

前回と前前回の記事で、第1チャクラのムーラダーラ・チャクラと第2チャクラのスワディスタナ・チャクラについて書きましたが、 両チャクラは、位置的にも近く、働きにおいても似ている、ということがお分かり頂けたかと思います。 この二つのチャクラに共…

チャクラについて(2)-スワディスタナ・チャクラ(第2チャクラ)

前回の記事では、第1チャクラのムーラダーラ・チャクラについて、書きました。 今回は、第2チャクラのスワディスタナ・チャクラについて詳しく見ていきましょう。 スワディスタナとは、「自らの住処」という意味で、実は、クンダリニーはここに眠っていた…

チャクラについて(1)-ムーラダーラ・チャクラ(第1チャクラ)

「体内にはプラーナ(気)の流れる主要な経路(ナーディー)が三本あり、その中でも、特に重要なのが、スシュムナーであると書きました。 そして、スシュムナーは、人体と言うところの「脊髄」であると。 この「経路」というのは、プラーナ(気)エネルギーの…

生命エネルギー・プラーナの流れる経路(ナーディー)について

前回の記事で出てきた「クンダリニー」「スシュムナー」「ナーディー」「ブラフマ・ランドラ」などについて、詳しく見ていきたいと思いますが、 その前に、「不滅の言葉」の中に、それらについて唄ったキールタンの詩とそれに伴う解説がありますので、ご紹介…

神聖で永遠なる生への入り口について

前回の記事では、聖ラーマクリシュナのお言葉より、「人体にはクンダリニー(シャクティ)という”神の力”が宿っている」とご紹介させて頂きました。 それは、誰でもそうなのですが、クンダリニー(シャクティ)は、通常は、眠っているかのような静かな状態に…

クンダリニー(シャクティ)の目覚めは、霊性の目覚め

前回の記事で、ブラフマン(神)とシャクティは(力)は同じものだと書きました。 そして、このシャクティ(力)は、人体にも宿っていて、それをウパニシャッドでは、”クンダリニー”と呼んでいます。 今回は、この人体に宿る”神の力”である”クンダリニー”に…

ブラフマン(神)とシャクティ(力)は同じもの

ここのところの記事で、”シャクティ”や”プラーナ”というあまり聞き慣れないサンスクリット語の単語が、頻繁に出てきましたが、もう一度ここで整理してみましょう。 このシャクティやプラーナについて正しく理解することは、この先ご紹介していくことになる”…

アートマン(真の自己)とプラーナの関係

前回の記事では、この宇宙は、アーカーシャとプラーナの合一の結果である、と書きました。 アーカーシャにプラーナが作用すると、プラクルティ(物質自然=宇宙)が生じます。 アーカーシャだけでも、プラーナだけでも、この宇宙は存在しません。 両者があっ…

本質のエネルギー(エナジー)シャクティプラーナ

前回の記事では、シャクティというサンスクリット語は、現代で言うところのエネルギー(エナジー)のことである、と書きました。 エネルギーとは、主に、仕事をする力、作用する力を指します。 そして、シャクティという宇宙根源の力(エネルギー)は、人体…

行き着くところは、不二(アドヴァイタ)

少し前の記事で、『俗人の自我(アハンカーラ)や”私”は、ちょうど四方を壁に囲まれて、頭の上には天井があるようなもので、外側は何一つ見えない。 アヴァターラたちの”私”は、薄い透き通った”私”で、そしてこの”私”を通して、いつもいつも神を見ているんだ…

宇宙根源の力、シャクティについて

前回の記事で、ナーナさんは、アヴァターラ(神の化身)として、 神が人間に化身して、このリアリティの次元に現れて下さっている、ということを書きましたが、 今回は、何故、そのような大胆なことが言えるのか? そして、ナーナさんは、どのように、私たち…

神は、人を導くためにアヴァターラ(神の化身)となる

前回の記事で、ジーヴァ・ムクタ(悟った魂)という聞き慣れない言葉が出てきましたが、 このジーヴァ・ムクタについて、もう少しはっきりとしたイメージを掴めるように、少し補足説明をしておきたいと思い、 今回も、聖ラーマクリシュナの「不滅の言葉」よ…

解放への道-神を直覚すること

前回は、生まれ変わりの理論(輪廻転生)について、 3月30日に発売になりましたスワミ・ラーマの『聖なる旅ー目的をもって生き 恩寵を受けて逝く」より抜粋して、ご紹介しました。 今回は、このブログでこれまで、何回も引用させて頂いております聖ラーマク…

生まれ変わりの法則(輪廻転生)について

前回の記事では、昨日発売になりましたスワミ・ラーマの「聖なる旅ー目的をもって生き 恩寵を受けて逝く」を出版することになるまでのいきさつをご紹介させて頂きました。 その後、翻訳を進めていく内に、スワミ・ラーマが語って下さった真実に関して、とて…

スワミ・ラーマの「聖なる旅-目的をもって生き 恩寵を受けて逝く」との出逢い

本日、スワミ・ラーマの『聖なる旅ー目的をもって生き、恩寵を受けて逝く』が発売されました! この本を日本で出版できることを、歓びに感じています。 翻訳はわたしですが、監修は、恩師(グル)であるナーナさんにお願いいたしました。 今回は、いつもとは…

神(不死)に至る無限の道

束縛からの解放、限りない永遠の至福、個我が求めてやまない完全なる自由を求めて、 人間が、持っている限りの能力を用いて、実践できる方法とはどんなものでしょうか? これまでもご紹介してきましたよく知られている実践方法を、ここでもう一度整理してみ…

束縛からの解放から限りない永遠の至福へ(パラマーナンダ)

前回の記事では、神を悟る人の性質(グナ)について整理してみました。 そして、永遠の魂、解脱した魂、解脱しようと努力している魂、縛られた魂という4種の魂についての聖ラーマクリシュナの分かり易いお言葉をご紹介いたしました。 今回は、その続きです…

神を見る人の性質(グナ)について

人間の真の本性であるアートマン(真我)は、体験を通して悟って行くことでしか、知ることはできない、と書いてきました。 しかし、これは、望めば叶うという類のことではないため、真我体得し得た人々は、これまでも少数でしたし、これからもそれは変わらな…

アートマン(真我)への道は、永遠の至福への道

「アートマン(真我)は、人間の真の本性である」と書きましたが、 そのことは、知識(頭)で理解するのではなく、体験を通して悟られなくては、真にわかったとは言えません。 ”ミルクは、その話を聞くだけでは知ったことにならず、見ただけでもまだ十分では…

アートマン(真我)は、人間の真の本性である

これまで数回にわたり、古くインドに誕生したウパニシャッドの聖典で説かれている「人間馬車説」と「人間五臓説」について、現代脳科学の知識も交えて解説してきましたが、 これらの記事を読んだ後で、3月17日の記事「ヨーガとは心の制御である」でご紹介…

人間五臓説と5つの鞘(層)

少し前の記事で、「人間馬車説」という”人間の構造図”についてご紹介しました。 この「人間馬車説」に似たもので「人間五臓説」というものがあります。 「人間馬車説」は、10頭の馬を5つの感覚器官(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)と5つの運動器官(手、…

ヨーガの科学(ラージャ・ヨーガ)

ラージャ・ヨーガは、斉一性と再現性があるという点において、「科学」であると言うことができます。 つまり、同じことをすると、同じ結果が得られる、ということが、経験的に起こるということになります。 現代の日本では、ヨーガというと、アーサナ(坐法…

ヨーガの叡智(シュリー・ヴィッディヤー)

前回の記事で、「経験(直接体験)を通してのみ、真理は悟られる」ということを、多くの聖者と呼ばれている人びとが、口を揃えておっしゃっている、とご紹介しました。 このことは、ナーナさんも、いつも仰っていることで、そのために活動されていることもお…

真理は、経験を通してのみ悟られる

これまで三回にわたって「人間」について見てきました。 何故、「人間」について分析し、考察したか?というと、それは、「人間」について知ることが、「神」を知ることにつながるからです。 以前の記事で、「神」について詳しく分析し、考察しましたが、 「…

自己制御(ヨーガ)は、解脱への道(方法)

前回の記事では、長々と、「人間の心」について見てみました。 私たちは、5つの感覚器官(五官)と5つの運動器官(身体)を使って、この世を経験しているわけですが、これらの諸器官から得られた情報は、電気信号に変換されて、高速で全身に張り巡らされてい…

ヨーガとは、心の制御である

前回の記事では、人間の構造を10頭立ての馬車の譬えで説明しているカタ・ウパニシャッドの内容をご紹介いたしました。 私たちは、5つの感覚器官と5つの運動器官を使って、この世を生きて(体験して)います。 しかし、よくよく考えてみると、これらの感…

人間の構造について(人間馬車説)

これまで何回にもわたり、「神」について考察してきましたが、 これからは、「神」に対する「人間」について考えていきたいと思います。 「人間」とは、どのようなモノでしょうか? 「人間」である”わたし”は、固有の肉体と固有の名前を持った存在です。 そ…

聖なる旅-目的をもって生き、恩寵を受けて逝く

これまで数回にわたり、スワミ・ヴィヴェーカーナンダと彼の師である聖ラーマクリシュナが遺されたお言葉より、抜粋してご紹介してきました正に同じことを、 今月3月30日に発売になりますスワミ・ラーマも彼の著書『聖なる旅ー目的をもって生き、恩寵を受…

見神=内なる神に出会うこと

前回まで、何回にもわたり、二元論から出発して、限定非二元論を経て、非二元(一元)へとざっと見てきました。 自分を知ることは、神を知ることです。 そして、神を知ることは、実は、自分を知ることなのです。 実在としての”ただひとつなる一者”である「神…

ただひとつなるもの-不滅の自己

前回の記事でご紹介しましたスワミ・ヴィヴェーカーナンダのアドヴァイタ(不二一元論)における「神」「宇宙」「人間」間の相互関係について、概要だけでも掴めたでしょうか? この宇宙のほんの一部でしかない、と考えられている”人間”と、この宇宙の唯一の…

自己、すなわちアートマン(真我)こそ神なり

今回も、二元論、限定非二元論を経て、不二一元論(アドヴァイタ)について、更に考察を深めていきましょう。 この智慧を真に理解できるならば、神秘への扉は開きつつあると言えるでしょう。 『ではアドヴァイティスト(非二元論者)は何と言明するのか。 彼…

二元論から限定非二元論へ、そして、不二一元論(アドヴァイタ)へ

前回までの二回にわたって「二元論」について書きましたが、これらは少しばかり哲学的な考察を要する内容です。 これは、インドでは、ギャーナ・ヨーガと呼ばれている智識(ギャーナ)によって真理に到ろうとするヨーガ(行)で、 聖ラーマクリシュナも、度…

二元論における神と人間

前回の記事では、スワミ・ヴィヴェーカーナンダのギャーナ・ヨーガからの抜粋を元に、二元論における「神」と神による創造である「宇宙」についてご紹介しました。 今日も、その続きを見ていきたいと思います。 『すべての二元論的学説にともなう最初の困難…

二元論における神と宇宙

前回の記事で、『私たちは、ヒツジ(人間)だと思って生きているライオン(神)である』と書きました。 これは、ウパニシャッド哲学が誕生したインド周辺では、ヴェーダンタという名前で、古い時代から伝えられてきた馴染み深い教えとして、よく知られている…

ヒツジ(人間)だと思っているライオン(神)のお話し

前回の記事で、 『ナーナさんから湧き出でるプラーナという磁石の力は強力です。 多くの人の執着心を抑え、無駄な思考や感情を消滅させます。 こうして、エゴは自然と大人しくなり、やがては、エゴの層は限りなく薄くなり、心は素直で柔和となり、真の自己が…

神の化身(アヴァターラ)

前回の記事で、聖ラーマクリシュナの「不滅の言葉」よりご紹介させて頂いた文章の中で、 『船が突然、磁石の岩に近づきます。 するとそれの鉄のねじ釘や鉄の棒は全部ひきよせられてぬけ出し、船板は突然、バラバラになって自由に海上にうかびます。 神の恩寵…

神への愛(パラー・バクティ)

前回ご紹介したラーマクリシュナのお言葉の中に、 ”いちばん肝心なことは、神様に激しい信仰を持つこと。それから識別と離欲だ”という一文がありましたが、何故、そうなのか?ということを、ラーマクリシュナの高弟でいらっしゃいますスワミ・ヴィヴェーカー…

有形の神、無形の神

今回も、前回に引き続き、 パラー・バクティとは、どういうものか? また、有形の神、無形の神について、 聖ラーマクリシュナの「不滅の言葉」より抜粋してご紹介いたします。 ラーマクリシュナ 「情熱的な信仰(バクティ)が持てたらーー恋い慕う気持ちの信…

パラー・バクティ(最高の信愛)

人間の神への態度には、四つの段階があるとされています。 この段階は、固定したものではなく、神への信愛(バクティ)の発展のプロセスと見るならば、誰でも心がけ次第で、第一段階から第四段階にまで進むことは、十分可能です。 第一段階・・・情欲や強欲…

神 対 人間

私たちは、地球の素晴らしい風景を見たとき、美しい花や生き物に出会ったとき、言葉では言い表せないほど感動したり、 また、夜空を見上げて、頭上高く光り輝く星々を眺めながら、その大宇宙の美しさと壮大なスケールに打たれ、言葉を失い圧倒された経験があ…

「神」についての理解

前回の記事「神秘へ至る道」の中で、二つの言葉が出てきました。 それは、「神」と「エゴ」(自我)です。 神秘へと至る道の途中には、エゴ(自我)という名の扉があって、その扉の向こうに行かなれば、神秘の領域には入って行くことはできない、と書きまし…

神秘へ至る道

前回の記事のタイトルは、「神秘への扉」でした。 「神秘」とは、文字通り、神の秘(密)ということになります。 探求者が歩もうとしているのは、この神の神秘へ至る道です。 しかし、その道の途中には、この世とあの世を隔てている扉があり、簡単には、その…

神秘への扉

このブログで書かれていること、これから書かれることは、そのほとんどが、一般的な常識では判断し得ない、理解し難い神秘の領域に関することです。 ですから、信じられない、バカバカしい、そんな筈はない、頭がおかしいんじゃないか?などと思うのは、一般…

アートマンはブラフマンなり(梵我一如)

前回の記事で、アートマンとはすべての存在の本質である、と書きました。 「本質」とは何でしょうか? どの存在にも共通する普遍的な部分、と解釈することができると思います。 すべての物質は、元素からできています。 数種類の元素が集まって、個体である…

アートマン(真我)は本質である

前回の記事で、「あなたは誰ですか?」との問いへの答えとして、 『アートマンが答えです。私はアートマンです。あなたはアートマンです。 私とあなたはアートマンなのです。それが答えです。』 と書きましたが、 普通、そういきなり言われても、???とな…

アートマン(真我)こそが答え

「わたしは誰か?」 この問いへの答えは何でしょうか? ナーナさんが具体的に教えて下さろうとしているその問いへの答えは、スワミ・ラーマが「聖なる旅」の中で語っていることと同じです。 それでは、その部分だけ抜粋して、ご紹介いたしましょう。 「創造…

わたしは誰か?

昨日の問題は、どうでしたか? 「あなたは、誰ですか?」 という質問に、いろいろな答えや想いが、浮かんだことと思います。 中には、 「わたしは、わたし。それ以外にはあり得ないのに、何故、誰か?と問う必要があるのだろう? それに、わたしは、誰か?っ…

永遠の問い

今日は、ひとつみなさんに問題を出します。 これは、人間を卒業するための卒業試験だと思って、よーく考えてみて下さい。 卒業試験ですから、合格したら、人間を卒業することができる、ということになります。 不合格だったら。。。。? もう一度、いえ、試…

ジーバ・ムクタ(肉体を持ちながら、ブラフマンの叡智に目覚めている人)

完全に悟った存在、目覚めた存在、覚醒した存在と言うと、真っ先に頭い思い浮かぶのは、ナーナさんのことです。 古今東西、名前が後世に残っている聖者の方々は、現在多くいますが、 実は、その方々は、ほんの一部で、 名前の知られていない完全覚醒者も、大…